スコットランド コーデン城
日本庭園復旧工事
大阪府富田林 社会福祉法人桃花塾
里山保全活動
エチオピア 大統領宮殿内
日本庭園修復モデル事業
貝塚・カルバーシティ姉妹都市日本庭園
カイヅカメディティションガーデン修復工事
スコットランド ドラーにあるコーデン城にて1908年よりエラ クリスティー女史が
半田たき、鈴木慈什、マツオシンザブロウという三人の日本人の協力を経て造られた日本庭園である。
1960年代にバンダリズムによって茶室、橋、神社、燈籠等が破壊された。1992年エラ女史の甥である
ロバート-スチュワート卿により復元運動が行われたが実現されなかった。
2013年8月に大阪芸術大学 建築学科 福原成雄教授と初めて現地を訪れ、その後ロバート卿と次女で
現所有者であるサラ-スチュワート女史の要請により福原教授率いるチーム福原として2014年1月の現地調査から
2023年6月にわたり11回の施工を経て完成した。
2024年9月復旧工事10周年記念のパーティに合わせ工事記録のパネル展示、野点広場でのお茶会、生け花体験会を開催し、
当プロジェクトは完了した。
コーデン城 公式HP https://cowdengarden.com/
富田林市の社会福祉法人 桃花塾の自然環境の整備を行い、自然散策及び交流、農園活動、
運動等の利用者支援に積極的な活用を図るため「桃花塾里山林保全の会」を立上げ平成25年10月より保全
整備を進めています。
竹林伐採、危険木の整備を行うに当たり全ての発生材を施設内で利用し、自然からいただいた財産をフル
に活用することをコンセプトと掲げています。
粉砕可能な発生材は粉砕し、発酵させバーク堆肥として畑土
に利用し、幹部分は冬季ビニールハウスの薪ストーブの材料として利用しています。またクヌギの間伐材の
一部はシイタケ栽培、時にはアート作品に活用されています。
活動支援:公益財団法人
大阪みどりのトラスト協会
森林・山村多面的機能発揮対策
交付金事業団体 認定
ハイレ・セラシエ1世が昭和31年(1956)11月に戦後初の国賓として来日した際に、
日本庭園の美しさに魅せられ、自らの宮殿に再現すべく、昭和33年(1958)日本から橋本陞氏を招き、
指示して作庭された日本庭園である。
昭和35年(1960)11月28日に上皇陛下と上皇后両陛下が、結婚後初めての海外旅行でエチオピアを公式訪問され、
ジュビリー宮殿滞在中にこの日本庭園を歩いて楽しまれた。エチオピアと日本の文化交流の架け橋となった歴史的
にも価値のある日本庭園である。
2023年2月、国土交通省の海外日本庭園再生プロジェクトとして支援を受け、福原成雄先生指導のもと一般社団法人
日本庭園文化国際研究会の一員として2日間のワークショップ実施を含む 改修工事の第一段階を完了した。2023年中の一般公開に向け継続活動中である。
エチオピア連邦民主共和国
アディスアベバ市
大統領宮殿内日本庭園
修復モデル事業
1962年第4回世界選手権大会で優勝し「東洋の魔女」と呼ばれたニチボー(現ユニチカ)貝塚のバレーボールチームが、
帰国の途上ロサンゼルスで親善試合を行った際、カルバーシティ市から招待され、大歓迎を受けた。これをきっかけとして貝塚市と
カルバーシティ市との間に親善機運が高まり1965年(昭和40年)姉妹都市提携を調印した。
1973年(昭和48年)4月、カルバーシティ市からの日本庭園作庭計画援助依頼を受け、翌年4月に貝塚造園業協同組合から6名の庭師を
派遣し、約1ヶ月間で作庭した。日本庭園は、カルバーシティ市・ジュリアン・ディクソン図書館入口前に、カイヅカメディティション
ガーデンとして築造された。50年を経て当初設計と異なる補植、水景の故障、土砂流出により景観が損なわれていたため「海外日本庭園
再生プロジェクト」の支援を受け2024年5月、大阪芸術短期大学の福原教授指導の下、貝塚市の造園技術者や、日系コミュニティ等からの
地元ボランティアが協力し、修復工事を完了した。
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